★2005・スイス(イタリア・ドイツ)の旅
◆12日目(7月24日)くもり時々雨
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◆ベルヴェデーレへ
朝早くから、空模様が気がかりでならないが、予報によると天気は下り坂、明日はもっと悪くなるだろうと言う。 今日のうちにベルヴェデーレへチェアリフトで行き、ザンボーニ小屋まで歩いてみることにした。
ドモドッソラ発一番のバスが来るのを待って終点ペチェットへ。距離は2キロ程度だが、登り坂だし無理はしないことにした。
チェアリフトは8:00から動いていた。 前回、これに乗った時、家内がうっかりザックを背にしたまま乗ったらお尻を乗せるスペースがなくなり、 動き出したリフトから危うく落ちそうになった。 一瞬パニックになったことを思い出したが、今回はちゃんと係員が補助してくれて何事もなかった。 途中で乗継ぎ、ベルヴェデーレへ。
ベルベデーレへ登るチェアリフト
◆ザンボーニ小屋へ
此処は標高2000m、およそ600mの標高差をリフトで稼いできた計算だが、随分と気温の差を感じる。 家内はレインスーツを、僕はパーカーをザックから出して着込むと、直ぐにザンボーニ小屋に向って歩き始めた。
天候は期待に反して、時々小雨の程度。雲が低くてモンテローザの姿は見えない。 ベルヴェデーレ氷河のモレーンを渡る
【写真右】
。 足場の悪いガレ場で転ばないよう慎重にトラバースして尾根道に出た。 左下に川の流れが見え、切り立った斜面と、右側に見えるモレーンの側の斜面も一面のお花畑。 遠くにザンボーニ小屋が小さく見えてきた
【写真下・2点】
。
モレーン(石の下は氷河)
モレーンを越えて尾根道を行く
ザンボーニ小屋が見えてきた
小屋の後ろに氷河の一部が見え隠れするが、その上に聳えているはずのモンテローザは雲の中である。 「おかめ」にもその姿を見せたいと思っていたのだが、致し方ない。 ともかく、「あれがモンテローザの足元だよ、全体が見えなくて残念だね」と、 呟きながら「おかめ」をストックと一緒に撮影した
【写真右】
。 念の為に、別のカメラでも撮影した。
モンテローザは雲の中
撮影をしている間に、家内は先に行ってしまった。 時々小雨が降り、天候は悪くなる一方である。あまりのんびりはしていられない。
「おかめ」をストックに結びつけたまま、歩き出した。 まもなく、立ち止まって草むらを眺めている彼女に追いついた
【写真右】
。 “早く来い”と手招きするので近寄ってみたら、「可愛い蜂が飛んでいるのよ!」と言う。 ドングリのような小さな蜂が、 花から花へと音もなく飛び交っていた
【写真下】
。 しばし、蜂を追いかけ花々に見とれ、時間を忘れた。
道草を楽しむ
登山道に咲いていた花々
登山道に咲いていた花々
もう一息でザンボーニ小屋
小屋近くで、先に行った彼女に追いついた
【写真左】
。ようやく小屋に辿り着いた頃、再び雨が降り始めた。 小屋の近くには、数頭の牛がのんびり草を食んでいた。 この牛たちは絵のモチーフに使えるかもしれないと思い乍ら、とりあえず何枚もカメラに納めた。 家内も牛と一緒に記念撮影した
【写真下】
。「おかめ」も撮影しておこうと思った。 ところが、ストックに付けておいた「おかめ」の姿が消えていた。
草を食む牛と
◆「おかめ」はどこへ?・・・!
瞬間、狼狽した。全身から、スーッと血の引く思いがした。 「おかめ」の姿の消えたストックを握りしめ、周囲を見回したがいなかった。総てのポケットを確かめた。 分かっていても、ザックの中まで調べてみなくては気が済まなかった。 「おかめ」をなくしてしまったのだ。しかし、この現実はどうしても認めたくなかった。
絶対あってはならないこと、取り返しのつかないことをやってしまったのだ・・・ どんなに恨めしく思っていることだろう・・・『先生は私を置き去りにした!』そう思っているに違いない。 そんな思いが激しく頭の中を駆け巡った。 確かに、この1時間近い間、彼女のことを完全に失念していたのは事実である!そこに油断があった。
気持を立て直して、とにかく探してみることにした。 考えられるのは、蜂を追いかけた地点から此処迄の、およそ1キロ位の区間である。 「おかめ」は、その何処かで待っていてくれそうな気がする。 白くて目立つ袋だから、簡単に見つけることが出来そうな気がした。絶望するのは、それからだ。
今来た道を丹念に調べ乍ら歩いた。しかし、見つけることは出来なかった。 でも、そんなはずはないと思い直す。何処かで見落としてしまったのだろう。 再度、より広い範囲に注意しながら、登った道を遡り下りに辿った別ルートを探し乍ら歩いた。 やはり、「おかめ」の姿はなかった。そうだ、牛を追いかけて岩場の斜面を移動したから、その時落とした可能性もある・・・。 家内にザックを預けて、再度斜面を登った。岩の隙間も見落としのないように念を入れて探した。 しかし、それでも見つけることは出来なかった。
絶望的な気持で、元の場所に降りて来たら、其処に居てくれるはずの家内の姿も消えていた。待ちきれずに、先に下ったのだろうか? 見通しの効く場所まで下って探してみたが、姿はなかった。もとの場所に引き返し、上を見上げてみたら手を振っている彼女が其処に居た。 もう一度、坂道を登った。これで4度目である。 「二つの目より四つの目で探した方が見つかる可能性が高いと思ったから」と、言ってくれた。
これだけ探して見つからないという事は、誰かに拾われて他の場所に運ばれていったということだろう。 拾った人は、どのように対処するだろうか?歩き乍ら、さまざまなケースを想定し話し合った。 拾って直ぐに中を改めた場合は、その場に置くか、崖下や茂みに投げ捨てるのではないだろうか。 その場にはないのだから、道の下か上に捨てられている可能性が、かすか乍ら残っているように思われた。 可能性を残したまま山を下りてしまうことは出来ない。気がつくと、ストックを立てて撮影したあたりに来ていたが、 其処にザックを置き、家内には待っていてくれるよう頼んで、再度引き返した。
道の上と下に目を凝らしながら、歩いた。「おかめ!」「おかめ!」と声に出して呼びかけ乍ら歩いた。 すれ違う人に、尋ねながら歩いた。途中から、5度目になる同じ道を必死の思いで探した。 「おかめ!近くにいるんなら、姿を見せてくれ!」 「落としてしまったことは、痛烈に反省している、ごめん、悪かったよ、頼むから、許してくれ・・・お願いだから出て来てくれ!」 心の中で叫び乍ら歩いた。しかし、願いは空しく、救われることはなかった。
◆失意の下山
家内は、大きな岩の下で待っていてくれた。雨は止んだが、雲は依然としてモンテローザを隠したままである。 心残りだが、下山する事を決意した。心優しい人に拾われたことを願う。 その人が、中身を理解した時、山の見える場所にそっと埋葬してくれますように!と、心から願った。
ペチェットから宿まで、ゆっくり歩いた。宿の前には、人だかりがしていた。 人気のサッカーチームがやってくるらしい。サインを貰ったり、写真を撮るために待っている人たちであった。 興奮して上気している人たちの顔をぼんやり眺めていた。間もなく選手たちが現れた。 着ているTシャツやサッカーボールにサインをしてもらう人、肩を組みツーショットを撮ってもらう人、 サイン帳をもって忙しく動き回る人、人、人、みんな幸せそうであった
【写真右】
。 若者の一人が、イタリアでは有名なサッカーチームだ、と教えてくれた。ユニフォームには“TORINO"と記されてあった。
部屋に引き上げ、バルコニーから雲に隠されたモンテローザを眺めた。 置き去りにしてきた「おかめ」のことで、胸が痛んだ。返す返すも痛恨の極みである。 自分の不始末を罵り、改めて何度も謝った。しかし、どうにも治まりをつけることが出来なかった。 家内が黙って背中をさすってくれた。気がつくと、体が、つめたく冷えていた。
人気のサッカーチーム“TORINO"
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