◆ 冷たい濃霧の朝
朝起き出してみたら、山全体が冷たい濃霧でつつまれており、全く視界が効かないのです。しかも、半端な寒さでは無く、カメラの電池も瞬く間に消耗してしまいます。同行したカメラマンのH氏は、シャッターを切り終わる度に愛する高級カメラをしっかり胸に抱き締め暖めていました。それでも厳しい冷気が、カメラに機敏な動作をさせてくれない、と嘆いていました。
濃霧は、視界に入る自然を全てモノクロの世界にしてしまいました。道に沿って並ぶ大木の、繁る梢に纏わる霧は霧氷となって、霧氷は育って花びらになり、時おり走り抜ける寒風に、音も無く華麗に舞い落ちていくのです。だから、大木の下一面は凍れる花びら【写真】で真っ白になっていきます。濃霧を透かして目を凝らしてみると、細長い葉の茂る植え込みの一つ一つが、まるで狂った巨人がその白髪を振り乱した瞬間のようにも見えてきます。そんな大小の髪振り乱した無数の頭が、木立と共に霧に包まれて居並ぶ様子は、一種幽玄な世界を垣間見る思いがしてしまいました。ふと、足元を見つめると、地面に息づいていただろう小さな小さな雑草までも、全身白く輝く銀の小粒に縁取りされて、それはまた、愛しくなるような可憐で美しい姿に変身しておりました。その凍れる姿に向かって、バシリ、バシリ、バシリ。連続してカメラマンH氏のシャッター音が響きました。聞けば、1週間に36枚撮りのフイルムで、100本くらいは撮ると言う。驚きました。 |