オーナーが写生地を案内するというので、二人して彼の後に従った。最初に連れていかれたのは村はずれの教会であった。S夫人が話していた教会とはこれかな?、と思う。教会の前には、樹齢700年と言う大きな樹があり、この木の実は喉にいいんだ、とオーナーが説明してくれたが、何と言う名前の木か聞きそびれてしまった。
教会の横を抜け、小さな木の橋を渡り小道を辿ると道の両サイドには時代を感じさせる素朴な木造の家々が並んでいた。
別荘として使われているらしい家には、読書を楽しむ女性の姿があった。オーナーが指差す板壁には、なる程いくつか絵の具が付けられており、此所を訪れた絵描きたちのサインも残されていた。
オーナーとは此所で別れ、再度、教会を訪ねてみた。塀の中には、沢山のお墓があり、中でも遭難者慰霊の大きなレリーフが目についた。沢山刻まれている遭難者の氏名を眺めながら、この村から多くのクライマーたちがアルプスを目指し、幾多の歴史を積み上げてきたこと、改めて、このイタリア最北の村が、アルプス登山の基地であることを認識した。
晴れていれば雪山も見えると聞いていたが、生憎の空模様では仕方がない。日暮れまでには、まだ時間があった。せっかく写生道具も持参していることだし、疲れたという家内とも此所で別れ、この小さな教会を写生していくことにした。
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