★ 2002 アンコールの旅
カンボジア国旗  ◆ 4日目(1月16日) 後半 目次へ
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【本日の旅程】=バンテアイ・スレイ見学→ロリュオス遺跡群見学

◆ トンレサップ湖と水上生活者
 「トンレサップ」とは、「大きな湖」と言う意味があるそうだ。トンレサップ湖は事実インドシナ半島における最大の湖である。しかし、その大きさは雨期と乾期とでは、大きく異なることで有名である。つまり、雨期になると、メコン川の水が流れ込んで、湖の面積が4倍にもなるのだというから凄い。起伏の少ない土地だから、水面が1メートル高くなれば、その面積は何倍にもなってしまうらしい。従って、広い湖ではあるが、水深は浅く、湖の中程でも、乾期には人の背丈ほどしかないらしい。
 バスは、この湖の中心に向って真直ぐ伸びる1本の堤の上をゆっくり進んだ。道の両側には沢山の民家が集中するようになり、同じように船の姿も多く見受けられるようになった。道の前方には湖の水面があるだけである。Uターンのことを心配していたら、そこから船に乗り換えて水上を進むことになった。舟は平底の造りであり、其処に椅子が縦2列に並べられているだけの、極めて素朴な形の屋根付き観光船であった。
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トンレサップ湖の水上集落
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水上生活者の家
 僕らは、2艘の船に分かれて乗船した。少年が船頭よろしく水に棹さし岸辺を離れると、暫くしてモーターの力で進み出した。岸辺には舟の上に造った沢山の簡易住宅が並んでいた【写真上】。観光船は、それらの家を揺らしながら狭い水路を進んだ。水上を年長の女の子に連れられて、歩いて家に帰る子供たちがいた【写真下】。揺れる台所で賄いにはげむ主婦の姿があった【写真下】。それら家々を訪ねる行商の小舟が行き交っていた。教会があり【写真下】学校や病院もあり、派出所だってあると聞いて驚いた。もはや、完全な集落をなしているのであり、陸地であれば立派な村落である。きっと村長にあたる人もいるに違いない。
 しかし、この集落は乾期だけのものであり、雨期になるとほとんどの人が家を畳んで丘の麓あたりに移動するので、いわば住所不定の流民に近い人たちの集落である。従って、郵便物を届けることは出来ないそうだ。狭い水路は生活排水の為だろうか、ひどい臭気が立ち込めていた。水路が広くなると、船は水しぶきを上げながら走った。爽やかな風が頬に心地よく感じられ、一息つくことが出来た。
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湖を歩いて行く
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水上家屋の台所
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水上の教会

 この時期は乾期に当るので、トンレサップ湖の水はメコン川に流れ出し、面積は縮小しているはずである。にもかかわらず、船を走らせ、広々とした湖面に出てみて驚いた。水平線の彼方には青い空が見えるだけではないか、大洋と同じにしか思えない広さであった。ガイドは、日本の琵琶湖よりも大きい、と言っていたが、それは乾期の時なのか雨期の時の広さなのか、うっかりして聞きそびれてしまった。
 湖上でのんびりしている時間はなく、舟はUターンすると元の水路へ引き返した。いう迄もなく、この集落で生きる人たちは漁師でありその家族である。湖での漁に支えられて生活しているが、最近は、より収入が多い養魚業に転じる人が多くなったらしい。舟を改造して造った養魚場の一つに立ち寄った。いけすの中にはナマズなどが元気よく犇めきあっていた。そこは、土産店も兼ねており、魚の干物や民芸品などを並べて観光客相手の商売をしていたが、客引きの為なのか、大蛇を身にからみつかせた少女が写真のモデルになり【写真下】、養魚いけすを覆っている金網の上にはペリカンが羽を休めていた【写真下】。彼等は餌がもらえるので何処にも飛んで行かないそうだ。そして、この養魚場経営を始めた人たちも、年間を通してこの場所から離れない生活を送ることになるのであろう。
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羽を休めるペリカン
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ブノン・クロムへの石段
 ←蛇を身にまとう少女


◆ プノン・クロムのサンセット 
 トンレサップ湖の北側に、ひときわ高い小山があった。プノン・クロムと言う。標高200メートル位であろうか。「この山頂からのサンセットの眺めは、格別の美しさだからご案内します」と言われて、登ってみることにした。何人かの人は麓で待機することになったが、皆さん最後の元気を振り絞ってバスから降りた。見上げれば、果てしなく続くような石段であったが、意を決して登り始めた【写真上】
 眼下にトンレサップ湖が見えてきた。バスで通ってきた湖からの細い堤とその周辺の家並みが見えてきた【写真下】。家並みは湖から離れる程にしっかりした造りになっていた。今は、横に長く遠くに見える湖であるが、雨期になると湖面はすぐ近くまで広がるのに違いない。
 石段を登りきった山の中腹に一門の大砲が据え付けられており、傍らに一人の兵士が所在なさそうに立っていた。かっては、軍事上重要な拠点だったのであろうか。今は唯、兵士はこの一門の大砲を見守っているだけである。少しの緊張感もない兵士は、山頂に向う我々を笑顔で見送ってくれたが、何故か嬉しく思える平和な景観であった。気がつくと、いつの間にか陽は山陰に隠れて見えなくなっていた。急いで山頂に向う。
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眼下にトンレサップ湖を望む
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静かな夕陽
 山頂には、小さな寺院があった。寺院の庭を通り抜け、額の汗を拭いながら西側斜面に腰を下ろした。眼下には果てしない広がりを見せて、水田が連なるシェムリアップの大地が在った。雄大な眺めであった。太陽は、僕らの到着を待っていたかのように、凹凸のない地平線を赤く染めながら、ゆったりした動きで沈んでいった【写真上】。風もなく、音もしない静かな日没であった。明日も又、シェムリアップの大地に陽が上り、平和な時が流れて日没を迎える、そんな毎日を繰り返してほしいものである。もはや、この地での日没を見ることはないであろうと思いつつ、夕焼けの空に別れを告げた。


◆これで、アンコール・ワットへの旅は終わった。
明朝、ベトナムのホーチミン市を訪ね、夜遅くの便で成田に向って発つ予定である。(終)

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