★ 2001 南イタリアとシチリアの旅
イタリア国旗  ◆ 3日目(3月30日) 雷雨 【旅の全体地図】 目次へ
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【ナポリ周辺地図】
【本日の旅程】=ナポリ→ソレント→アマルフィー→サレルノ→ソレント(泊)

◆ 南イタリア風、2日目の朝
 ザ・ザーッ、ザザーッ!、ヒューヒュー!
昨日より何倍も激しい強い雨音と風の音にぼんやり目が醒めた。ドーン、地鳴りのような音が遠くに聞こえた。重ね合わせて閉めておいた2枚のカーテンの隙間が、白く輝いた。
ドドーン!ドドドーン!
その音は次第に大きくなり、音と同時にカーテンはより明るく輝いた。昨日見てきたポンペイの、あの悲劇の日の大噴火が思い起こされた。カーテンを開けてみた。それは、吹き荒ぶ風雨を引き裂くように光り響く雷鳴であった。窓の外は正に嵐であった。嵐になるなんて、何も聞いてはいなかったので驚いた。時計をみたら、5時30分。激しい風雨の音に目覚めてから30分くらい経つから、嵐は5時前から始まっていたのだろう。雷鳴はひとしきり騒いだ後、足早に遠ざかって行った。小さくドーンと遠くに鳴ったとき、雨は上がった。風もおさまった。代わって夜明けを告げる雄鶏の声が聞こえてきた。
 嵐と思ったのは、単なる前線の通過だったようである。時刻は6時半になろうとしていた。変わり易い天候、これもイタリアのお国柄ということだろうか。


◆ アマルフィーの海岸(世界遺産)
 7時40分、今朝はほぼ予定通りにスタート出来た。
港の船着場で現地ガイドの女性をピックアップ、混雑する通りを避けてバスは港の中の裏道を走り抜け、高速道路に乗った。さすが地元のドライバーである。彼の見事なハンドル捌きには、昨日から感服してばかりいるが、今回の旅は、最終日まで彼が運転をしてくれることになっていると言う。おおいに安心である。
 今日は、ソレント<Sorrento>からサレルノ<Salerno>へ向う海沿いの国道をドライブする。「車に酔い易い人は前の席がよいでしょう」と添乗員が心配した。ハードなドライブになるらしい。【周辺地図】
 今夜宿泊予定のソレントを通過して、バスはアマルフィー沿岸地帯に進んでいった。見晴らしのいい右側の座席に陣取り、ティレニア海<Tyrrhenian Sea>の展望を楽しんだ。しかし残念ながら雲が多く、今日も変わり易い天候である。、時おり小雨が降ったりして肌寒い生憎の天候である。
 断崖に造られた道幅は当然狭いものになり、バスはその道の右側を走行する。バス同士がスレ違う時はスリル満点。バスは路肩一杯に右に寄り、対向車をかわして走った。断崖の遥か下方の岸辺には、白く砕ける波が見えた【写真下】

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アマルフィー海岸
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断崖に建つ集落

 長く続く断崖は、太陽の恵みを存分に享受出来る南に面した斜面である。目も眩むような厳しい斜面にも丹念に石を積み、段々に畑を作ってレモン、オレンジ、オリーブ、ブドウなどが栽培されていた。緩くなっている斜面には石造りの集落が在った。海岸から上に向って家は断崖にしがみつくように密集していた【写真上】。どんなに厳しい地理的条件であろうとも、此所で生き抜いていかねばならなかった人たちの根性と逞しさに脱帽する。見た眼には美しい景観であるが、南イタリアの貧しさを象徴している風景でもあると思った。今でこそイタリア屈指の景勝地として世界の観光客を呼び寄せてはいるが、この地に入植して来た当初の生活はどんなにか厳しいものであったことだろう。

 途中、断崖に建つレストランで、昼食をとった。食堂からは180度美しいティレニア海の眺めが見渡せた。雲が切れ、時々青空が見えるようになっていた【写真下】地中海ブルーとでもいいたくなような爽やかな美しいティレニア海の色を眺めながら、海鮮料理【写真下】を美味しくいただいた。

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レストランから眺める アマルフィー海岸
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海鮮料理で昼食


◆ アマルフィー <Amalfi>  【周辺地図】
 一息入れてアマルフィーの町【写真下】を訪ねた。6世紀からの波瀾に満ちた歴史を持つこの町は沿岸を代表する光り豊かなリゾート地としても脚光を浴びているそうだ。海に面した斜面にたつ狭い町だから、駐車場にスペースがない限り町に入る事は許されない。許可を待つ何台もの観光バスが断崖の国道に待たされていた。青空が広がり、町は活気に満ちて明るく賑やかであった【写真下】。「何処に行こうと、坂道を下ればそこが海辺の駐車場ですからー!」と添乗員。三々五々、短時間だが町の観光を楽しんだ。

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アマルフィーの町を見降す
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明るく賑やかなアマルフィーの街


◆ 現地ガイドのこと
 今日は、中年女性の現地ガイドが同乗したが、はっきり言って迷惑であった。
「日本語がしゃべれます」と言うので添乗員も僕らも期待した。しかし、その日本語たるや聞き取りが難しく、理解しようと努力すればその分疲れてしまった。それがストレスともなりイライラしてきたので、聞くことを拒否するようにした。幸いと言うべきか、ガイドは口数が少なく、途中からは只同乗しているだけで何もガイドをしなくなった。添乗員に要求されて、仕方なさそうに少しだけしゃべったが、興味をひく話題ではなかった。アマルフィに到着しても、「町のガイドは命令されていない」と言い、バスから降りてはこなかった。
 聞けば、どんなに役立たずのガイドであっても、バスでイタリア観光をするには、資格をもった現地ガイドを同乗させなくてはならない決りになっているのだと言う。強い力を持ったガイド組合というのがあって、自分たちの生活(仕事)を守る為に法律を作り、国家権力で管理・保護されているのだそうだ。
 昨日のポンペイ観光の際もそうであった。呆れてしまったと言うより腹立たしく思えたのは、現地ガイドの英語での説明を添乗員が通訳することすら禁止されていると言うのである。添乗員は、警官が居ないのを確かめながら案内をしてくれた。本来のガイドの使命はさておいて、中世からのギルド制に固執しなくて生きていけないイタリアのガイド組合、なんだか哀れでもある。でも、やっぱり許せないと思う。

◆ ソレント <Sorrento>
 アマルフイー沿岸の今走ってきた国道を引き返せば、まっすぐソレントである。しかし、細く険しい道の何処かでトラブルが発生すれば、見通しの立たない事態になりかねない。その危険性は充分考えられると言う。そこで、遠回りにはなるがサレルノへ抜け、そこから高速道路に乗って、ソレントに向うことにした。急がば回れの作戦は正解だったようで、バスはスムーズに走行して一時間半位かかったであろうか、ソレントに着いたのは4時半頃であった。
 今夜宿泊するホテルは、町から4キロ離れた岬の上に在った。その名もパノラマ・パレス【写真】。ホテルの前が崖の上の展望台であった。時間があったので海辺近くまでのんびり散策、暮れ行くティレニア海を眺め、静かな旅情を楽しんだ。しかし、期待した夕焼けにはならず残念であった。
【ソレント海岸の水彩画作品はこちら】
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ホテル『パノラマ・パレス』

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